棒の達人"ワンチャイおじさん"

土曜の昼はガッコーもおやすみで特にやることもなくて。あ、今のガッコーは週休二日制とか何とかで土曜もやすみなんだっけ?まあいい、終わらない九〇年代という腐った世界に生きる僕にとっては土曜の昼は休校のわけ、んで急にヒマ出されても特にやることがないわけで。マーくんさそって"タンケン"に出ることにした。
「公民館いかんくてよかったんかなー」
サッカーボール蹴りながらマー君が言う。さっきやることがないって言ったけど、厳密には"やること"はあった。僕ら萩野小学校の子供達はみんな地域の子供会に属していて、秋のお祭り前には準備に参加しなくちゃいけない、今日はおみこしを作る日だった。
大人が持ってきた角材を組立てて酒屋のしげるくんちから貰ってきたでっかいダンボールを折り紙とティッシュで作った花でデコレーションしてアロンアルファで角材にくっつける。アロンアルファなとこが重要だ、アラビックヤマトやセメダインじゃすぐ剥がれてしまう。んで完成のちゃっちいみこし、それにお賽銭箱もダンボールと折り紙で作る。これを持っておみこしが地域を回り、家に訪ねてって子供特有のキラキラした目で「おさいせんくださーい」だ。大抵それは地域の人もしってて、用意していた五百円玉を「はいごくろうさん」と賽銭箱に入れてくれる。んで、公民館に戻ったら大人が子供一人一人にお駄賃として集めたお金の中からまた500円玉をくれる。子供はそのお金を使って出店で緑の林檎飴を買ったり、100本引きをする。100本引きってのは屋台にひもが100本ついててその奥にあるオモチャにつながってて「なにがあたるかなー?」ってやつだよ念の為、絶対スーファミはあたんないけどね、僕はあれはひもがつながってないインチキだと思う。
という大ざっぱな説明の行事なんだけど僕はこれが大嫌い。お祭りとかおみこしとか言っても単なる集金にしか思えないし。めんどくさいことした割に500円しかもらえない、SDガンダムも買えないよ。あ、そういえばSDガンダムの大将軍だけは特別製でリモコンがついてて押すと前後に歩くんだっけ、欲しいなぁ。
とにかく今年は祭りの準備をサボってやった。一人じゃ心細いからマーくんも道連れだ。あとでお母さんに怒られるだろうけどそんなの知ったこっちゃない。今日はタンケンの日って決めたんだ。
気づくと僕らはみどり公園まで来てしまった。今日のタンケンはずいぶん遠くまで来ちゃったな、新記録更新だ。帰ったらノートに書いておこうと思う。
ふと、みどり公園の知らない人の銅像の前まで来たところでマーくんが急に止まった。
「あかん、かずくんやばい、向こうから"ワンチャイおじさん"くる!!」
「え?」マーくんが指さす方を見てみた、水飲み場の向こうにすごい形相で野良猫を追っかけている大人がいる。油でパリパリの作業着、汚いスニーカー、ツルツルにはげ上がった頭に後頭部だけ髪の毛が残っててそれを大事そうに伸ばしてゴムで結んでいる、間違いない"ワンチャイおじさん"だ!!
なんでワンチャイおじさんがみどり公園に?ワンチャイおじさんは今の時間は工場でベルト作業してるはずじゃあ、またクビになったのかな、それとも工場もガッコーとおんなじで土曜日の昼は休校?休工?なのかな。
そんなことを考えてるとワンチャイおじさんは野良猫を追いかけてドンドンこっちの方に来る。あ!!ワンチャイおじさんが手に持ってる棒は僕が秘密基地に隠しておいた"必殺剣"だ。新聞紙に砂利を詰めて巻いた上からビニールテープでグルグル巻きにして、砂場で鍛えて"強く"してからガムテープで更にグルグル巻きにしてできた必殺剣は僕の宝物だった。弟のたかしがむかつく時とかそれでしばいたり、野球のバットにも使ったり、アバンストラッシュごっこする時にいつも使っていた。うちに置いとくとおかあさんに捨てられてしまうからマーくんと僕の秘密基地に隠しておいたんだ。さてはワンチャイおじさん、緻密基地に泥棒に入ったな。
「かずくん、はよにげな」
マーくんが僕の腕を引っ張って公園の抜け道の方につれてった。僕は必殺剣がまだ諦めきれない。でもワンチャイおじさんは大人で僕より背も高いし力も強い、いつもなんかの棒を持っていて「棒の達人」と僕たちから恐れられている。闘ったらとても勝てそうにない。諦めよう。
抜け道の奥からワンチャイおじさんを見ているともう既に野良猫を捕まえたみたいで必殺剣を使ってばしばし殴っている。
「あのネコしぬんかなぁ」
隣で見ていたマーくんがつぶやいた。かわいそうだが当然だ、ワンチャイおじさんは棒の達人だし捕まったら命はない。弱肉強食だ。ピカチュウをいくら強くしてもミュウツーにはかなわない。死ぬ気でガイルを練習しても、死ぬ気で練習したスーパーサガットには勝てないんだ。
ひとしきり野良猫を殴って動かなくなったのを確認するとワンチャイおじさんは息を切らせて顔を上げた。そして首をグルグル回した後、汚いタンを地面に吐き出してどこかへ歩いていってしまった。
それから僕たちは抜け道を通って家へ帰った。帰ったらお母さんにしかられたけど「なにしてたの」と聞かれた時にワンチャイおじさんに追いかけられたことにしておいた。
それ以来、ワンチャイおじさんを見なくなった……だといいんだけど、ワンチャイおじさんは今日もバーミヤンの裏の駐車場で必殺剣を使ってアリを潰していた。