不死鳥よ、永遠に

「そぐぅぅんぅぅなこるぅぅぅで日本軍ぅぅぅがぅぅ」
バードさんがまた暴れ出した。
バードさんがうちに入り浸るようになって早3ヶ月。僕は不機嫌なバードさんしか見たことがなかった。多分、アルコールのせいだ。バードさんは左手にいつもワンカップ大関を握りしめている。あとそれに奥さんと現在進行中で争ってる子供の養育費についての裁判のせい。
グレーの肌着にぺらぺらのベルト、黒い上着はずいぶんほつれており大きく後ろにたなびいている。まるでマントのようだ。そして頭には油で真っ黒になった帽子をいつもかぶっている。バードさんは今でこそタダの汚いオッサンだが。こう見えても最近まで大手IT関連会社に勤めていたという、本人がそう言っていたのだ。そもそもIT関連会社とはどんな会社か、と僕が聞いてもはっきりとした返事は返ってこなかった。きっと不特定多数に電子メールを送信する作業や独身男性のお話し相手をしたりしてお金をもらっていたのだろう。と僕は邪推していた。
だが前にバードさんは一度
プログラマーってのは酒がないとやってけないんだ」
と酒色吐息を出しながらほのめかしていた。無論、僕はそんなもの嘘であることを瞬時に悟っていた。とてもバードさんがコンピューター言語を理解できているとは思えなかった。そもそもここへ来てからのバードさんは僕の言葉を理解しているかどうかも怪しい。昔は少し変わった所もあれど、極々普通の人だったというのに……
僕がバードさんと知り合ったのは、学生時代こづかい欲しさに治験アルバイトをしていた頃のことだ。その頃……つまりバードさんが今のように近所の"ぱんだ公園"の蛇口の側のダンボール小屋で生活する前、まだ"旧・バード邸"に住んでいた頃、僕は一度だけ家の中に上がらせてもらったことがある。
バードさんの部屋にある"バード'sパソ!"とネームラベラーで印刷された緑色のシールが貼ってあるソフマップの「牛丼パソコン」はずいぶん使ってないらしく、見たことのない色のホコリがかぶっていたし。馬鹿でかい書架に並んでいるのも難しい辞典やリファレンスではなく「まんがでわかる!!CGI入門」1冊と「コミックボンボン」の異常な数のバックナンバーだけだった。
僕がボンボンのバックナンバーを手に取り「OH!!マイコンブ」などを見ながらノスタルジーに浸っているとバードさんがもじもじしながら声をかけてきた。
「今日すげーおもしれーことがあったんだわー」
なんです?と僕が聞くと即座にバードさんは当時はやっていたコマーシャルの物真似をしながら
「詳しくは!ホームページで!!」
と言いうと、酒買ってくる、と部屋を出て行った。ヤニで黄色くなった年代物のNECのモニタを見てみるとデスクトップに「ホームページ」というアイコンがあったのでおそるおそるクリックしてみた。すると非常に目に優しくない、黄色背景と赤文字のデザインのページが出てきた。どうやら"ここ"を見ろ、ということらしい。しかし、どこを探しても日記のようなコンテンツは見つからない。ナビゲーションも何もないし、とても見にくい。バードさんのホームページ「バード'sインターネット」はテーブルタグで主に構成されてるし、引用タグも<backquote>になっていた。
数分後何も持たずに帰ってきたバードさんが(僕の様子を覗いていたらしい)視線で、見た?見た?、と聞いてくるので僕は、おもしろかったです、とだけ言った。それを聞くとバードさんは満足したのか黄ばんだ歯をむき出してにっこりと笑った。後から知ったのだが、この時もうすでに旧・バード邸の電話回線は料金不払いにより止められていた。

ある日僕がいつものように自室にこもって韓国製のネットゲームをプレイしていると、突然バードさんが縁側から入ってきた。はひゅーはひゅーと息を切らせている。目の焦点は定まっているので今日はまだ”ダイジョウブ”の状態らしい。僕の机の上にあったジンジャーエールのペットボトルに入った麦茶を奪い取って、ラッパ飲みで一気に飲み干すとバードさんは真剣な顔つきで
「かず坊、俺、ゴーヤチャンプになってくるわ」
と言って、訳が分からず唖然としている僕を置いて、すぐさま沖縄へと旅立っていった。
急に行方不明になったバードさんを探して、バードさんの奥さんが僕の所まで来たが、何も聞いてないです、と言っておいた。正直、あまり関わりたくはない。
数週間後、バードさんのことなどとうに忘れて日々の生活をしていた時、バードさんは衣服から身体までボロボロになって僕のウチへ上がり込んできた。
「かきゅぅぅぅがぅぅぅくえぅぅ」
"キテル"方の状態だった。
どうしたんですか、と声をかけたがずいぶん不機嫌な様子でまるで会話が成立しない。ただただバードさんは意味不明の言葉を叫び続けていた。とりあえずどうやら普通の状況ではないバードさんを落ち着かせようと近寄った所で、あるものが目に入った。
垢まみれになったバードさんの左手は"ワンカップ大関"を強く握りしめていた……



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